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「十八史略」に学ぶ兵法経営【目次】

5.富と繁栄編

隆盛を極めていくときの条件(2)文帝の徳治      


西漢王朝で専横にふるまっていた
呂(りょ)氏が壊滅し、
帝位がふたたび劉(りゅう)氏のものと
なったとき、即位したのが
孝文(こうぶん)皇帝である。

文帝の三年(前百七十七年)、
張釈之(ちょうせきし)という者が
司法大臣となった。

ある日、文帝が中渭(ちゅうい)橋を
渡ったときのことである。

一人の男が突然、橋の下から走り出たので、
文帝の馬が驚いて飛び上がった。

そこで捕らえて、
廷尉(刑罰をつかさどる官)に引き渡した。

司法大臣は、

「行列を妨害した者は
罰金刑に当てるべきであります」

と言ったので、
軽すぎることに文帝は怒ったが、
大臣はこう言った。

「法律ではこのように決まっております。

 もしも恣意的に罪を重くすれば、
 法律が人民に信用されなくなります。

 廷尉とは天下の公平をつかさどるのが
 仕事です。

 もし廷尉がひとたび公平を失すれば、
 天下の法律を扱う者は皆、
 これにならって罪を軽くしたり
 重くしたりするでしょう。

 そうなったら、
 人民はどうして安心して暮らすことが
 できるでしょうか」

文帝は、しばらく考えた後、答えた。

「廷尉の処置は、もっともである」

それからしばらくして、
高祖の廟(びょう)から
玉環(ぎょくかん)を盗んだ者があった。

犯人が捕らえられ、
廷尉のもとでその罪が調べられた。

司法大臣はこう文帝に告げた。

「棄市(きし)の刑
 (殺してその死体をさらしものにする刑)
 が妥当と思われます」

文帝が大いに怒って言うには、

「先帝の祭器を盗むような不届き者は、
 私はその一族を皆殺しにしたいと思う。

 ところが廷尉は法にもとづいて、
 これを棄市の刑などという。

 わが宗廟に恭しくお仕えするという
 根本の考え方に反しているではないか」

大臣が答えて言った。

「宗廟の祭器を盗んだ者の一族を
 皆殺しにするのであれば、
 もしも愚かな者が先帝の陵墓の土を
 盗んだとしたら、どのような法律を
 当てたらよいでしょうか。

 加える刑罰がございますまい」

結局、文帝はまた、大臣の意見に同意した。

文帝は在位二十三年間に、
宮殿も庭園も車馬も衣服も、
すべて前代のままで新規に
あつらえることはなかった。

あるとき、文帝は屋根のない物見台を
作ろうと思って、
大工を呼んで見積もりさせたところ、
百金かかるということであった。

すると文帝は、

「それでは中流の十軒分の財産である。
 どうして台などに費やしてよいもの
 だろうか」

と言って中止した。

身には黒い質素な服をまとい、
寵愛していた夫人にも派手な服装は
させなかった。

文帝は質素倹約を天下に率先して行った。

あるとき、伯父にあたる呉(ご)王が
病気を口実にして朝廷に参内(さんだい)
しないと、床机(しょうぎ)
(折り畳み式の腰掛け)と杖とを下賜し、
敬老の意を表した。

臣下の一人が賄賂(わいろ)を取ったと
分かると、更に褒美(ほうび)として
金銭を与え、恥じ入るように仕向けた。

このように、文帝は徳をもって民を
教化しようとした。

その結果、
当時の公卿(こうけい)大夫(たいふ)は
皆、人柄が上品で温厚となり、
人の過失を口にすることを恥じ、
それが社会の上層にも下層にも
行き渡ったため、天下はおちつき、
どの家も何不自由なく、どの人も満足して、
後世、これに及ぶものはなかった。

西漢では、この文帝の御世が基礎となって
国家が富み、国力を増していくことになる。

その結果、二代後の武帝のときに
対外積極策をとることが出来たのである。

秦の公孫鞅の改革と西漢の文帝の徳治政治。

富んだ国の状態を
「十八史略」ではいずれも、

「家給人足」
(家ごとに給し、人ごとに足る)

と表現している。

どの家も十分に潤い、
人の心も満足した状態だというのだが、
これに至る方法論は、法律至上主義と
いってもよいような公孫鞅に対し、
法治と徳治を併用した文帝というふうに
両者は異なる。

共通しているのは、どちらの国民にも、

法に対する、
ひいては国に対する信頼がある


という点だ。

権力者による、好き勝手な法の運用がなく、
誰でも法のもとに公平に裁断がなされる
状態は人々を安心させる。

仕事に熱心に打ち込み、決まった税を納め、
法に触れないように生活すれば、皆、
ある程度、豊かな暮らしができるのだ。

公孫鞅も文帝も、このような国家運営を
実現したという点において
優れたリーダーであったと言えるだろう。

→続く「泣いて馬謖を斬る(1)公平だった孔明」
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