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  社長が一番に読むべき中国古典「荘子」の活用を考えるコラム   2019年2月18日更新

アイデアが湧き出す! 先生
「荘子」発想の経営


非常識さ際立つ「荘子(そうじ)」の思想


・巨大な魚がある日、巨大な鳥に姿を変えて飛び立つ

・夢で蝶々になったのか、蝶々が夢で人間になったか

・愛する妻の死に盆を叩いて歌を歌う・・・


「荘子」にはとても一般常識で考えられない話が数多く出てきます。最初はついていけません。(笑)

しかし、よく読んでみると、奥底には一貫した思想が流れており、その深さに納得させられるのです。

「荘子」の一見、非常識な発想が、

企業経営者の参考になる!

と確信した私は、どう学べば役立つか、考えてみることにしました。

以下に書いてみますのでご参考になれば幸いです。

本気で「荘子」を活かしたいとお考えの方にお勧めの講座

【目次】

1.新たな価値を創造するコツ 「無用の用」

2.壮大な夢を描くコツ 「小知は大知に及ばず」

3.理解できぬ客をつかむコツ 「これを達して無疵(むし)に入れよ」

4.自分の限界を超えるコツ 「至人はおのれなし、神人は功なし、聖人は名なし」

5.長く繁栄させるコツ 「臣の好む所の者は道なり、技よりも進めり」

6.感動を与えるコツ 「魚は水にあい造(いた)り、人は道にあい造(いた)る」

7.需要をつかむコツ 「好悪をもって、内その身を傷(いた)めることなからんのみ」

8.問題を小さくするコツ 「牛馬の四足なる、是(こ)れを天と謂(い)う」

9.顧客を引き寄せるコツ 「己れを養う者に媚ぶるは順(したが)えばなり」

10.大ピンチを乗り越えるコツ 「大難に臨みて懼(おそ)れざる者は、聖人の勇なり」

11.不安を鎮めるコツ 「天の為す所を知る者は、天にして生くるなり」

12.価値を高めるコツ 「用うる所の異なればなり」

13.ヒット商品を生み出すコツ 「悪くんぞ然る所以を識らん」

14.弱みを活かすコツ 「用う可き所無きも、安くんぞ困苦する所あらんや」

15.縮小市場で生き残るコツ 「衆に因ればはなはだ寧し」

16.売らずに売るコツ 「その馬を害する者を去らんのみ」

1.「無用の用 新たな価値を創造するコツ

今から20数年前、コンサルタントになりたての頃のこと。

慣れないスーツを着てネクタイを締め、ネクタイピンをしっかり付けていたら、私より少し年長のある先輩が、

「タイピンが見えたらかっこ悪い。表に出さず、下に隠れている側のネクタイだけを留めるものだよ。そうすればネクタイがブラブラせず、しかもタイピンも見えない」

と教えてくれました。

以来、私はそのようにしてきたのですが、数年が経過した頃に、若いビジネスマンがタイピンをしていないことに気づきました。ネクタイはブラブラと揺れっぱなし。

タイピンを付けよ、と教えられた世代の私からすればマナー違反とも思えましたが、どうやら多くの若者が付けておらず、それで許される風潮に変ったようでした。

果たしてタイピンは付けるべきか、付けざるべきか。

悩ましいところですが、「荘子」の言葉が参考になりそうです。

友人の恵施(けいし)から、

「君の考え方はまったく役に立たないね」

と言われた荘子は、こう言い返しました。

「無用を知りてはじめてともに用を言うべし」

つまり、

「無用とは何かを知る人だけが、役に立つかどうかを語ることができるのだ」

というのです。

さらに以下の例を挙げて説明しています。

「我々が立っているこの地面はとても広いけれども、我々の役に立つ部分はこの足を置いている部分だけだ。しかし、役に立たないからといって、その他の足を置いていない部分を地底まで掘っていったらどうだろうか。それでも残った部分が役に立つと思うかい、立たないだろう? つまり、その他の部分があってこそ、地と足の接着面が役に立つんだ。無用なものこそ、真に有用なんだよ」

と。

役に立つと思っているものが実はそれほど重要ではなく、逆に役に立たないと思っているものこそ実は大きな役割を果たしている、という荘子の思想は、

「無用の用」

という言葉で日本でも有名です。

モノやサービス、さらには人を見る際にも、社長はこのような視点を忘れてはなりません。

企業経営では一般的にムダは排除すべきと考えますが、

「本当にムダなのか。別の視点で見れば役に立つのではないか」

と、逆の側から考えることも大事です。

冒頭に例として挙げたネクタイピンですが、最近は男性がさりげなくおしゃれを楽しめるアクセサリーとして人気が復活しているようです。

ネクタイピンを付ける人と付けない人。付けても外に向けて見せない人と見せる人。「ネクタイピンの価値」は人によって異なることがわかります。とすれば・・・

世の中の一般的な価値観がどうか、ということに振り回されるのでなく。

・売り手が自由に価値を創造、提案してよい

ということなのです。

例えば、自社の商品が売れなくなったからと言って、即廃棄処分とするのではなく、別の角度から価値を見出し、価格を付け直して売ってもよいということ。

学生時代、食パンの耳だけを集めて20円程度で売っているのを何度か買ったことがありますが、最近はカステラなどの端の部分ばかりワザと作って販売している洋菓子屋も見かけます。これを目玉として安く売り、集客に役立てているのだとか。

「価値の創造」

というと、とても難しげに聞こえますが、ちょっと異なる角度からモノを見るだけで、簡単に新たな価値を生み出せてしまうことが少なくありません。あなたの会社の売れ残り品もヒット商品に化ける可能性あり、です。

2.「小知は大知に及ばず 壮大な夢を描くコツ
   
創業した、あるいは、次期社長に選ばれた、などというとき、人は情熱の塊となって意欲的に夢を描きます。

あれこれと将来像を描くのは本当に楽しいもの。社長のあなたはきっと経験されているはずです。

ところが、社長業を何年もやっていると、徐々に気力が衰え、目標像もいつしかマンネリ化して、自分を奮い立たせることができなくなる方が少なくありません。

そのうち、会社のビジョンや長期目標の設定を幹部社員に任せるようになったら、もうお仕舞い。社長の魂がこもっていないビジョンに意味があるでしょうか。そうなったら、もはや後進に道を譲るとき。経営の第一線から去った方がよいでしょう。

しかし、その前にもう一度、

・夢とは何か

について、考えてみた方がよいと思うのです。

荘子は

「小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばず。なにをもってその然るを知るや」

と言います。意味は

「小さな世界にすむ者は大きな世界にすむ者に及ばない、短い時間を生きる者は長い時間を生きる者に及ばない、どうして小が大を分かることができようか」

ということ。

例えば、水槽の中の金魚にとっては、水槽の中がすべてであり、その外の世界を知ろうなどと考えないでしょう。人間も長い間、同じ仕事をしていると、いつの間にか、

・水槽の外の世界を考えなくなってしまう

のです。その状態で「夢」を描いても、ロマンもなく、意欲の湧いてくるような夢は思い浮かびません。まず、外の広い世界を知る必要があります。

水槽の中の金魚を他の水槽に移したり、時には池で泳がせたり、川の流れを経験させたりするようなこと。

外の世界を認識し、自分のあるべき姿をゼロから考えさせるのに役立つでしょう。固定概念を捨て去り、柔軟な思考を獲得させます。

「意識改革はまず上層部から」というのがセオリーですが、私のコンサルティング経験では、下が先に変わって次に上が変わる、ということもありました。

社員の意識が変わると、もっともあせるのは社長です。

「私も変わらなければ社長でいられなくなる」

という気持ちになるからですが、そんな社長の会社は必ず発展します。社長がどんどん自主的に経営セミナーや異業種交流会、ビジネスとは関係のない集まりなどに参加するようになり、新しい刺激を受けて元気はつらつといった感じになられるので、会社の運営にも活気が生まれ、その結果、大きな「夢」を描くことができるようになるためです。

将来像を描くことと現在の意識を高めることは、鶏が先か卵が先かといった関係であり、どちらが先でなければならないということはありません。

会社や自分の現在の状態に合わせて手を打ちましょう。結果的に壮大な「夢」が描かれ、社長と社員全員が一丸となって生き生きと夢の実現にまい進するような集団が出来上がればOKです。

3.「これを達して無疵(むし)に入れよ 理解できぬ客をつかむコツ

現代は価値観が多様化しています。価値観とは

「物事を評価する際に基準とする、何にどういう価値を認めるかという判断」(大辞泉)

のこと。

日本には、戦前世代、団塊の世代、新人類、団塊の世代ジュニア、ゆとり世代などの言葉がありますが、これは年齢層によって価値観が異なっていることを暗に示しています。

また、当然ながら異性間ではかなり考え方が違います。

となると、世代も性も異なれば、まったく相手のことを理解できないという状況に陥ってしまいます。

にも関わらず、そんな相手と商売をしなければならないとなれば、なかなかうまくいかないのは当たり前。
そんな場合、どうすればよいのでしょうか。

『荘子』にこんな話があります。

中国の春秋時代、衛(えい)の霊(れい)公(こう)の太子の教育係に任命された魯(ろ)の賢人が、衛の大夫を訪問して質問しました。

「今回、私は手の付けようもないほど残酷で薄情な青年の教育を任されました。それはもうひどいもの。自由にさせれば国を滅ぼすでしょう。教育を施そうとすれば私が殺されるでしょう。こんな人間を相手に、私はどうすべきでしょうか。」

大夫は答えます。

「ともかく失敗しないように慎まねばならぬよ。形としては相手に従いつつ、心は仲良くするようにすべきだ。しかし、上辺だけのつもりが、そのうちに相手の悪事にひきずりこまれ国を滅ぼすに至ったり、仲良くするつもりが、こちらの教育の意図を見抜かれてその身に禍いが降りかかったりする可能性がある。そこでじゃ。相手が幼児のようなら自分も幼児のごとく振る舞い、相手が勝手気ままなら自分も勝手気ままに振る舞い、相手が無鉄砲なら自分も無鉄砲に振る舞えばよい。」

そして

「これを達して無疵(むし)に入れよ」

意味は、

「どこまでも相手と同じように振る舞いつつ、逆に相手を自分に同化するようにしむけよ」

と教えたのです。

相手と同じようにすれば、相手もこちらに好意を抱いてくれることが多いもの。

例えば、喫茶店で相手がコーヒーを頼めばこちらもコーヒーを注文する、相手がおかしそうに笑えばこちらも大口を開けて笑う、というふうにすると、次第に好意を寄せてくれます。

そのうちに、こちらが紅茶を頼めば相手も紅茶を注文し、こちらが失敗した話をすれば相手も同情して悔しそうな表情を見せてくれるようになる、というわけです。

あるスーパーでは、衣料品に対する評価が芳しくありませんでした。

スーパーの主たる客層は主婦ですが、最近は20代の主婦が茶髪やミニスカートで来店します。このスーパーでは彼女らにまったく対応できていなかったのです。スーパーのバイヤーたちは彼女らのファッション感覚がまったく分からず、需要に応えられていませんでした。

だからといって、彼女らの後を必死で追いかけようとすると流行の後追いとなり、微妙に古いものを店に並べてしまい、これまた売れないという結果に陥りかねません。

ならばと彼女らに接近して仲良くし、最新の情報を得ようとしてもうまくいかないでしょう。彼女ら自身も「次」がどうなるか分かっていないし、あまりにベタベタしても嫌がられるだけです。

そこで同スーパーでは、「次」を作っている人たちを呼び、商品企画に参加してもらうことにしました。

流行の先端を行く雑誌モデルたちです。

若い主婦層は、雑誌モデルが「右」と言えば「右」、「左」と言えば「左」と動く傾向があります。権力によって動かされるというのではなく、モデルたちの感性が若い主婦層を引き付けるのです。

心の底から雑誌モデルにあこがれ、同化したいと思っている部分もある20代の主婦たちは、あこがれのモデルが立てたスーパーの企画には敏感に反応するでしょう。それは主婦自身のファッションのみでなく、ベビーカー、よだれかけ、ベビー服などにも及んでいます。この企画は成功する可能性が極めて高いと思われます。

あなたの会社でも、まったく理解できない人たちを顧客にしなければならない場合もあるでしょう。そういうときは、こちらの考えを押し付けても迎合してもダメ。

顧客ニーズを知っている人を起用し、ちょっと先を示すようにすること

が大事です。

4.「至人はおのれなし、神人は功なし、聖人は名なし」 自分の限界を超えるコツ

この不況下でなかなか売り上げを伸ばせず、限界を感じている経営者の皆さんも多いのではないでしょうか。

今回はこの限界を突破する方法について考えてみます。

自分の意志と関わりなく出来上がっている思考の「枠」

この枠は、茶わんの持ち方、歯磨きの習慣などの日常の瑣末なことから、企業経営上の戦略・戦術の立て方、国家間の政治交渉などの大問題に至るまで、およそ人間の生活すべてに影響を及ぼします。

ですから、自分がどんな枠の持ち主であり、果たしてその枠は現代を生きていくうえで適切なものなのか、枠組みを変えたほうがよくはないか、時折りチェックした方がよいでしょう。

「荘子」にこんな話があります。

中国で殷(いん)王朝を興したとされる伝説上の人物、湯(とう)王は臣下の棘(きょく)にひとつの寓話を語りました。

「背は山のように高く、翼を広げると黒雲におおわれたようになると言われるほど巨大な鳥、鵬(ほう)が九万里の高さに舞い上がり、遠く離れた南の地、南冥(なんめい)へと向かうのをスズメが見て笑い、『ほんの数メートル飛ぶのも大変なのに、そんなに飛び上がってどこへ行くの?』と言ったそうだ」

と。

荘子はこの寓話をもとに、知識を得て役人になった者、実績を積んで地域の代官となった者、徳の高さを君主に認められて大臣となった者など、みなこのスズメと同じで既成概念にとらわれていると言います。

そして

「至人はおのれなし、神人は功なし、聖人は名なし」

(意味 … 十分に道を修めた至人は私欲がなく、道の純粋さを離れない神人は功績にとらわれず、道を究めた聖人は名声に関心を抱かない)。

つまり、

・本当の自由人とは個人的な欲望、功績、名声などにいっさい興味を示さないものである

と喝破するのです。

欲があれば、望んだモノを得られなかったときのリスクを考え、どうしても大胆な行動をとることが困難になります。

先のスズメのように、勇気ある行動をとっている鵬(ほう)を笑うというような卑屈な行動しかできません。

社長の思考の枠が「欲」を基盤として出来上がっている限り、たいした戦略も立案できず、ジリ貧企業として終わってしまうでしょう。

自分の限界。
それはすでにあなた自身が認識しているはず。

どうしても認めたくないことかもしれませんが、その内側にいる限り、あなたの会社にも人生にもたいした発展はないでしょう。

まず、

・限界を認めること

が大事。

そして、それを打ち破るための方策を考えるのです。

自分の私欲という柵を壊し、人が望んでいるもののために身を投げ出すこと。

そのために誰かの支援が必要なら、声をかけてみましょう。

あなたがスズメで終わるのか、鵬(ほう)となってはばたくかは、あなた次第です。

5.「臣の好む所の者は道なり、技よりも進めり」 長く繁栄させるコツ

不況で売り上げが伸びない、
資金繰りが悪化している、
株主からの叱責が絶えない etc.

社長を悩ませる事態が続けば、つい目先の売り上げ確保に走りたくなるものです。

気持ちは非常に分かるのですが、そんなときにどんな判断を下すかでトップとしての器の大きさが分かります。

もちろん、目先の売り上げは大事ですが、それは普通の会社なら、部長や課長、その他の社員たちがしっかり活動し、確保しようとしてくれているはず。

社長までそちらに精力を傾けてしまったら、いったい誰が将来の売り上げを作るのでしょうか。

この仕事ができるのは社長しかいない

ことを自覚しなければなりません。

ただし、目先をまったく見るなということではなく、

短期3割:長期7割

くらいの割合で、自分の意識を制御しましょう、と言いたいのです。

「荘子」にこんな話があります。

あるとき料理人の包丁(ほうてい)が、梁(りょう)の恵(けい)王の前で牛一頭をさばいてみせたことがありました。

その姿はまるで踊りを舞うよう、刀(かたな)が発する音はまるで音楽のようでした。

恵王は感動し、

「みごとだ。技術もここまで高まるものか」

と嘆息したところ、包丁は刀を置いて、こう答えたのです。

「臣の好む所の者は道なり。技よりも進めり。」
(意味 … 私が好きなのは道である。技術の先にあるものだ。)

と。そして、こう説明します。

「私が牛の料理を始めた頃は、目に映るのは牛の外形でした。しかし3年後には目で見るのでなく、心だけで牛に向かうようになりました。牛の体の骨と肉の間にあるおおきなすき間を切り開き、自然の筋目を追っておりますゆえ、大きな骨などの硬い部分にぶつかって刃こぼれすることはありません。並みの料理人は月に1回、腕のよい料理人でも年に1回は刀を取り替えますが、私の刀はもう19年替えていません。料理した牛は数千頭にもなりますけれども」。

これを聞いて恵王は、

「すばらしい。わしもどう生きるべきかが分かったぞ」

と答えました。

料理人を社長と言い換えてみましょう。

並みの社長は月商を、少し優秀な社長は年商を追って社員という刀をボロボロにしているけれども、名経営者は自然の筋目に沿って経営するので社員は疲れることなく愛社精神が増し、勤続年数は長くなり、会社も発展する・・・。

包丁は「道」=自然を好みました。

これは技術を極めた結果、見えてくるものですが、ただ技術を追い求めているだけではせいぜい、「腕のよい料理人」で終わってしまうことでしょう。

最初から、

「自然体とは何か」

を追求せねば、刀を長く使い続けることはできません。

会社を長く発展させるには、社長自身が長い目で

「自然体の経営」

を追い求める必要があります。

ウイスキー「角瓶」を炭酸水で割るハイボールを大ヒットさせ、ウイスキー人気をよみがえらせたサントリーですが、創業者の鳥井信治郎氏が1923年、京都郊外の山崎に日本初のモルトウイスキー蒸溜所・山崎工場の建設に着手し、国産ウイスキー製造への第一歩を踏み出してから、すでに90年以上が経過しています。

同社ではウイスキー低迷中もコツコツと研究を続け、「山崎」「響」「白州」などの高級品を生み出しました。

ハイボールでウイスキーを知った人たちをこれらの高級ウイスキーに誘導するために同社がとった戦略は、一般のバーや同社のセミナーなどの場で実際に味わってもらうこと。

そのため同社は、「山崎ミズナラ」などの数量限定商品6種類を世に送り出し、あちこちで口にしてもらうよう、全社を挙げて取り組んできたそうです。

時間をかけて作り上げた一級品を味わってもらうことでファンを増やす。

ごく自然な方法でファンを作っている

のです。

同社のブレンダー(香りや味を調合する人)は1日200~300もの原酒サンプルをテイスティングし、熟成度合いをチェックしています。

包丁のような匠(たくみ)を長い目で育て、販売の方もより自然なやり方を採用。

その結果、サントリーは長く発展し続けています。

さて、

・あなたが追求しているものは「道」につながっている

と言えそうですか?
自社が向かっている先を考えてみてください。

6.「魚は水にあい造(いた)り、人は道にあい造(いた)る」 感動を与えるコツ

企業経営者やコンサルタントの中には、

「顧客に満足してもらうレベルではもはや生き残れない。これからは感動を与えられなければダメだ」

という人もいるくらい、商品やサービスに質の高さが求められる時代になりました。

では、どうすれば感動を与えることができるのでしょうか。これがなかなか難しいのです。

例えば、芝居を思い浮かべてみましょう。

劇場のものでもテレビドラマでもよいのですが、役者が一所懸命、演じた芝居がいかにも演劇くさい、大げさなものであれば、観る者は白けてしまいます。

料理でも、あれこれ手を加えた結果、濃い味のゴテゴテした料理になってしまえば箸が進まないでしょう。

つまり、「感動させよう」「こちらの努力を認めさせよう」と意気込めば意気込むほど、相手は感動とは真反対の、拒否反応を示すことがあるのです。

どの道においても一流の域に達した人は、

淡々と仕事をこなしているのに周囲の人を感動させる

ことができます。

当然ながら、人知れず積み上げてきた努力が背景にあるのですが、それをまったく感じさせないところに人は心を動かされるのでしょう。

荘子は、話に登場させた孔子にこう言わせています。

「魚は水にあい造(いた)り、人は道にあい造(いた)る。水にあい造る者は、池を穿(うが)てば養(やしない)給(いた)る。道にあい造る者は、事なければ生定まる」

(意味 …魚は水に至って初めて生きることができ、人間は道に至って初めて生きることができる。魚を水に至らせるためには池を掘って水をためればよく、そうすれば自然に育つ。人間を道に至らせるためには無為自然を守らせればよく、そうすれば生を全うできる)

魚はことさらに演技をしてみせなくても、悠々と泳ぐだけでよいのです。

しばしば海に潜る経験をした人が、魚を見た感動を語っていますけれども、「魚の演技が良かった」という人はひとりもいません。

もしも人間が他人に感動を与える人生を送りたければ、

ただ人生を「生きる」こと

です。

具体的には、自らが信じる道をとことん進み、力が尽きる最後の瞬間まで生き、そして死ぬということ。

人生に目的などなく、強いて言えば「ただ生きること」が人生の目的なのです。

精一杯生きた人物を、人は賞賛します。

かの旭山動物園の一貫したテーマは

「伝えるのは、命」

とのこと。

なるべく動物の自然な姿を観客に見せ、肌で動物を感じてもらう工夫をほどこした結果、個人客が押し寄せるテーマパークとなったのです。

例えば、大きな動物も小さな動物も人間の視点で見るばかりでは、それらの自然な様子が迫ってきません。

同園では、動物別に観察用のテラスを設置し、背の高いキリンは高い位置から、ライオンは低い位置から見られるようにしています。

キリンの顔の高さで直接おやつをあげたり、ライオンやチーターの食事風景を低い位置で観察したりすれば、本来の動物の姿が伝わってくるでしょう。

イルカのショーでは、飼育員のマイクによる説明は一切なく、ただ飼育員とイルカが息を合わせて動くのみ。

「ショー」の要素をなるべく排除して、人とイルカのハーモニーを感じてもらうようにしています。

よくマーケティングの「仕掛け」という言葉を使いますが、これは気をつけねばなりません。

仕掛けは気づかれると、逆に客離れを引き起こしてしまうからです。

可能な限り「自然」に近づけること

が、顧客を感動させ、しかも繰り返し利用していただくコツといえます。

7.「好悪をもって、内その身を傷(いた)めることなからんのみ」 需要をつかむコツ

「自分の好きなことを仕事にすれば成功しやすい」とよく言われます。

好きなことならば、少々、困難な壁にぶつかっても、努力を重ねて乗り越えられる可能性が高いですし、正しい意見だと私も思います。

しかし、この好きか嫌いかという感情は変わることがあるので、一概に「嫌いならばやめてしまえ」とは言えません。

何かをきっかけに好きなことが嫌いになったり、逆に嫌いだったことが好きになったりするものです。

以前、あるテレビ番組で元プロボクサーの長谷川穂積選手を特集していました。

WBC世界バンタム級チャンピオンとして連続10回の防衛に成功し、その後、WBC世界フェザー級、WBC世界スーパーバンタム級チャンピオンにもなったボクシングの天才です。

まぎれもない成功者と言えるでしょう。

しかし、長谷川選手の子ども時代、元プロボクサーであった父親にしごかれていた頃は練習が嫌いでよくさぼり、一度はボクシングをやめた時期もあったそうです。

また、プロになってからもデビューからの5試合は3勝2敗と、ごく普通の選手でした。

そんな長谷川選手が、生活態度のしつけから試合の相手の研究に至るまで一所懸命に指導してくれる山下正人トレーナーとの出会いを機に変わります。

その時からボクシングが大好きになったようで、しばらくしてチャンピオンへの階段を駆け上がりました。

荘子は、友人で論敵であった恵施(けいし)から

「君は、聖人は情を持たないというけれども、人間でありながら情を持たないのはおかしいではないか」

と言われ、こう答えています。

「情が無いというのではなく、情にとらわれないというのだ。好き嫌いにとらわれず、すべてを自然にまかせて人為的な行いをしないということだ」

と。さらに恵施が

「そんなことではわが身さえ保てない」

と反駁(はんばく)すると、荘子は

「道が人間に顔を与え、天が人間に体を与えたのだ。つまり、人間の生は与えられたものなのだ」

と述べ、

「好悪をもって、内その身を傷(いた)めることなからんのみ」

(意味 … 好き嫌いをもって、我と我が身を傷つけるようなことはすべきでない。)

と主張しました。

私たちはどうしても、目の前の仕事に対して「面白い、楽しい」とか、「嫌だ、つまらない」などと感じがちです。

時として、仕事の出来栄えまで感情に左右されてしまうことにもなりますが、そうした状態は「我と我が身を傷つけるようなこと」だと荘子は言うのです。

先の長谷川選手の例でも、もし長谷川選手が「嫌い」という感情に支配されてボクシングをやめていたら今のような地位はなく、それはすなわち長谷川選手自身を傷つけることだと言えるでしょう。

ただ与えられた条件のもと、淡々と集中してやってみる、というのが、荘子の思想にかなうようです。

H社では、電子マネー「エディ」を使って新しい製品を開発することにしました。

全国のコンビニエンスストアで使えるなど、電子マネーのインフラが出来上がりつつあるにも関わらず、世にそれを活用する商品が少ないことに気がついたのです。

玩具メーカーであるH社は、やはり人形など、自社の得意分野の商品に電子マネーを組み込もうと考えたのですが、製造コストが高くなりすぎ、需要に合わないと考えて断念しました。

自社の好き嫌いを捨て、広く世の中のニーズを考えたところ、健康志向でジョギングが流行しているけれども、財布をもって走ることが嫌がられていることに気づきます。

確かに、大きな財布はかさばりますし、小銭入れも走るには邪魔でしょう。

同社では、身につけられる電子マネーを作れば、ジョギングする人たちに喜ばれるのでは、と考えました。

そして腕時計型の、電子マネーを組み込んだリストバンドを開発し、販売。

実勢価格で3150円のものが、発売から2ヶ月強で5000本も売れたそうです。

純粋に顧客ニーズを見つめた結果、人気商品を作り出すことが出来ました。

好きか嫌いか、という自分の感情を超えて、顧客の感情に沿うようにすれば、顧客の望むものに、ひいては自身の成功に近づけるのです。

8.「牛馬の四足なる、是(こ)れを天と謂(い)う」 問題を小さくするコツ

兵法家というのは、いかに効率よく勝つか、ということを考えます。

仮に勝ったとしても味方の損害が大きければ、戦争後に第三国につけ込まれかねませんし、敵の損害が大きければ、こちらが戦勝で得られるものは少なくなり、しかも敵国人民の怨みを買うことになって、せっかく得た敵の領地を治めることも難しくなるからです。

そこで、「孫子の兵法」でも「戦わずして勝つ」ことを推奨していますが、仮に戦いになった場合でも、なるべく大戦争に発展させず、早期に、しかも味方が勝った状態で終結させ、その後の政治交渉を有利に運ぶようにもっていかねばなりません。

このとき、いかに裏側の狙いや意図を感じさせず、自然な形で相手が納得するように交渉を進めるかが極めて重要になります。

『荘子』に、こんな話があります。

中国の大河である黄河の主、河(か)伯(はく)は、多くの川が自分に流れ込むので得意になっていましたが、河口から海(北海)に出て、自分の小ささに愕然とします。

そして、北海の主である若(じゃく)とさまざまな問答を交わす中、モノの大小や有用性にこだわることの無意味さを説かれた河伯は、「では、自分は何をすればよいか」と尋ねるのです。

若は

「ただ天にもとづいて、自然の変化に身をゆだねていよ。なるべく人為で行なおうとするな」

と諭します。

「その天とは何か、人とは何か」

と問う河伯に若は

「牛馬の四足なる、是(こ)れを天と謂(い)う。馬首に落(まと)い、牛鼻を穿(うが)つ、是れを人と謂う」

(意味 … 牛や馬が四本の足をそなえていることが天、つまり自然なのだ。馬の首に綱をまいたり、牛の鼻に穴をあけて鼻輪を通したりすることが人、つまり人為なのだ。)

と分かりやすく教えたのです。

私たちは、生まれたときから自然と人為の両方に囲まれて生活をしてきました。

どちらが本(もと)かといえば「自然」に決まっているわけですが、あまりにも「人為」に触れ続けていると「人為」なのにそれが「自然」であるかのような錯覚をいだき、本来の「自然」に戻れないことが思考の壁となって、簡単に解決できるはずの問題もなかなか解決の糸口を見つけられない、ということがあります。

かつて大ヒットを飛ばしたパン焼き器に三洋電機の「GOPAN(ゴパン)」があります。

この製品は家庭の米からそのままパンが作れるということで人気が出たわけですが、開発には一方ならぬ苦労があったとのこと。

2003年の秋に発売した製品は米粉からパンを作るものでしたが、その米粉がなかなか手に入らない消費者からクレームが相次いだことをきっかけとして、同社は米粒からパンを作る機械の開発に乗り出します。

ところが、米粒を米粉にする工程が難しく、なかなか満足のいく製品を作れませんでした。

08年にはついに開発を中断してしまったのです。

しかし、同社で長年、炊飯器の開発に携わってきた下澤理如さんが画期的な方法を生み出します。

米粒を水に浸してもろくし、ミキサーにかけてペースト状にしてから作った米パンを同社に持参したのです。

米を砕くという行為は、昔の人には極めて難しく、現代の精巧な機械をもってしか為しえない「人為」の典型といってよいでしょう。

それに対して、水に浸すことは子どもにもできますし、柔らかくした米をすりつぶしてペースト状にすることは昔の人でも出来たでしょう。

より「自然」に近いといえます。

同社では、下澤さんが考案した方法を機械化することで、行き詰っていた製品化を一気に押し進め、GOPANを完成させました。(その後、パナソニックのホームベーカリーの一製品となりました)

どんなモノにも自然に備わっている性質があります。

それを人為でいじくらず、なるべくそのまま発揮させるようにすることが問題を大きくしないことにつながるのです。

モノに限らず、人についても同じことが言えます。

9.「己れを養う者に媚ぶるは順(したが)えばなり」 顧客を引き寄せるコツ

「面白そう!」「楽しそう!」と思ったら、人はそう感じさせるものに喜んで近づいていきますが、「腹が立つ!」「気持ち悪い!」と思ったら、人は逆に反発して離れます。

ひどいときには殴りかかる場合もあるでしょう。

面白いともつまらないとも思わなければ無反応。

「ふーん、それがどうしたの?」

というような表情を浮かべながら通り過ぎるのみです。

兵法では、敵のこうした感情を上手にコントロールします。

相手を怒らせたいときに、相手の大事にしているものを奪ったり、壊したりすれば、敵は血相を変えて飛んでくるでしょう。

突き進んでくる道を予想して伏兵を潜ませておき、意外な場所で攻撃すると、敵は驚きあわてて右往左往するので、簡単に討ち果たすことができるのです。

このやり方は企業が顧客にモノを買ってもらうときにも応用できます。

もちろん、まんまと騙す、などというのではありません。

『荘子』に、虎を飼う名人について述べた話があります。

「虎を養う名人が、虎に生きた物を与えないようにするのは、これを殺そうとして虎が怒りを発することを避けるためだ。また、姿そのままの状態の物を与えないようにしているのも、これを引き裂こうとして虎が怒りを発することを避けるためである。さらに、虎の空腹時と満腹時にはよく気をつけて、怒りの感情が積もらないようにしている。」

虎と人間は異なりますが

「己れを養う者に媚ぶるは順(したが)えばなり。故に其(そ)の殺す者は逆らえばなり」

(意味 … 虎が自分を養ってくれる者に好かれようとするのは、虎を飼う人間が虎の自然の性質に従うからである。虎が人間を殺すことがあるのは、人間がその自然の性質に逆らうためである。)

というのです。

売り手と買い手の関係も、これと同じことがいえます。

売り手が買い手の自然な感情に従う

ようにすれば、買い手も売り手に好かれようと寄ってきます。

ステキな商品を手に入れられるチャンスと見るからです。

逆に、売り手が買い手の心情を逆なでするようなことをすれば、買い手は売り手を門前払いしたり、電話口で冷たくあしらったり、商品案内のDMをゴミ箱に直行させたり、店の前を足早に通り過ぎたりします。

怒りが頂点に達したらクレームを浴びせかけるという行動にまで出るのです。

兵法家としては、

あくまでも買い手の自然な感情に従うようにすることが鉄則

といえます。

2011年3月、エイチ・ツー・オーリテイリングは、福岡市に博多阪急を開業しました。

同店は九州新幹線鹿児島ルートが全線開業するのに合わせ、博多駅の駅ビルとして九州にデビュー。

兵法的にいえば「天の時」と「地の利」を共に獲得したようなもの。

ただ、もう1つ、最も肝心な「人の和」をつかまなければ、せっかくの好条件を活かしきることはできません。

同店では、百貨店にも関わらず、低価格帯の商品を前面に打ち出しました。

婦人服では6900円のワンピース、4800円のスカートなど、紳士服では19000円のスーツなどを並べ、1日30万人の一般市民が集まるターミナルに立地しているという強みを最大限に活かそうとする戦略です。

さらに、同店では顧客参加型のイベント広場「コトコトステージ」を各フロアに大小20ヵ所も設け、取扱商品に関連するイベントを開いています。

これは08年11月開業の西宮阪急(兵庫県西宮市)ですでに導入しており、団塊ジュニアらの集客に成功したもの。

実際に私も博多阪急に足を運び、見てみましたが、イベントが行なわれているコトコトステージには人だかりができています。

低価格商品とミニイベント開催で買い手の自然な感情に従っている博多阪急は、天地人の三拍子がそろった状態。

開業半年間で来店客数が想定の1.5倍の約1820万人にも達したそうで、まる7年が経過した2018年3月期も売り上げ好調だったと報じられています。

モノを売りたいのなら、まず相手の気持ちに寄り添い、従うこと。そこから始めないと、売るどころか、逆に噛みつかれかねません。よくよくご注意ください。

10.「大難に臨みて懼(おそ)れざる者は、聖人の勇なり」 大ピンチを乗り越えるコツ

企業経営を続けていると、事業の継続が危ぶまれるほどのピンチに陥ることがあります。

これ以上はないと思えるほどの完璧に近いマネジメントを行っていても、突然、外部環境が変化して売上高が急激に落ち込むなど、人の予想を超える事態は到来するもの。

しかし、それが嫌だと言っていたら会社経営はできません。

人の真価は逆境が訪れたときにこそ明らかになります。

昨今の日本では慢性的な不況や地震、台風、大雨などの自然災害の影響などで多くの社長が頭を抱えておられることでしょう。

こんなとき、どのような心構えでいればよいのでしょうか。

『荘子』には、儒教の祖、孔子を登場人物に仕立てた作り話が数多くありますが、これもその1つ。

孔子が宋という国の匡(きょう)の地を訪れたとき、宋の人たちは孔子を大悪党の陽虎(ようこ)だと勘違いして取り囲みました。

孔子と陽虎は容貌が似ていたのです。
孔子にとっては大ピンチ。

そのまま殺されかねない状況でしたが、孔子は管弦に合わせて歌うことをやめませんでした。

それを不思議に思った弟子の子路(しろ)が孔子に

「先生はどうしてそんなに楽しそうにしておられるのですか?」

と質問すると、孔子は

「私はずっと不遇な状況にあるが、不遇から逃れられないのは運命なのだ。思い通りにならないのは時勢の流れによるというほかはない。堯(ぎょう)や舜(しゅん)などの聖なる王の時代には正しい思想を持つ者が職を得た、つまり志を得られたが、これは彼らが優れた知恵をもっていたからではない。桀(けつ)や紂(ちゅう)などの暴君の時代には志を得られなかったが、これは彼らに優れた知恵が欠けていたからではない。時勢がたまたまそうだったというだけのことだ」

と言い、志を得られないのは運命により、志を得るのは時勢によることを悟って、

「大難に臨みて懼(おそ)れざる者は、聖人の勇なり」

(意味 … どんな困難な状況下でも恐れないのが聖人の勇気というものである。)

と答えます。さらに孔子は

「自分の運命は自分でコントロールできない何かによって定められているのだ」

と、諦観(あきらめて超然とする)の境地を示しています。

この後、人違いであることが判明し、孔子は無事解放された、という話なのですが、荘子は

「運命に従い、ただ自然に生きよ」

と言っているのです。

困難に遭遇したとき、対策の打ち方次第で問題の解決を図れるのならば「人事を尽くす」のは当然のこと。

しかし、どうしようもないときに心配ばかりしても仕方がありません。

荘子はまた、

「窮するもまた楽しみ、通ずるもまた楽しむ。楽しむ所は窮通に非ざるなり」

(意味 … 道を体得した者は、逆境に陥ってもその状況を楽しみ、順調なときもまたその状況を楽しむ。何かを楽しむことは、逆境や順境にあることとは関係無いのだ。)

とも述べています。

『荘子』に出てくる孔子のように問題そのものを手放し、自然に委ねて気にせず、努めて明るく振舞うことは有効な一手のように思えます。

「笑う門には福来る」

です。

11.「天の為す所を知る者は、天にして生くるなり」 不安を鎮めるコツ

2018年の漢字は「災」。

今年はさまざまな災害(地震、台風、大雨など)が発生し、日本列島にダメージを与えました。

その影響であなたの会社も困ったことになっていませんか? 

また、2019年は消費増税で、普通に考えればマイナスの影響が出そうです。

有効な手を打てなければ収益ダウンは必至。

社員が頭を抱えている中、リーダーである社長まで同様にオロオロしていては、あせりから間違った手を打ってしまい、会社をさらなる窮地に陥らせることにもなりかねません。

不安な人間は、

「安心したい」

と思っています。

しかし、同じように不安がっている人を見ても不安は膨らむばかり。

社長は

「大丈夫だ!」

ということを、言葉と表情で伝える必要があります。

社長のこうした姿勢は取引先にも好印象を与え、ビジネスを好転させることにもつながるのです。

場所は中国。

唐の玄宗(げんそう)皇帝の時代に、チベットにあった吐蕃(とばん)という異民族が瓜州(かしゅう)(甘粛省酒泉市)に侵攻してきた際、唐側の司令官が殺害されるなどで、現地の人たちは恐怖にふるえあがっていました。

唐の朝廷は、新たに張守珪(ちょうしゅけい)という人物を司令官として送り込みます。

赴任した張守珪は、破壊された瓜州城の修復に取り組むのですが、完成する前にまたも吐蕃が攻め寄せてきました。

城内の人民は青ざめ、あわてるばかりで何も手につきません。

張守珪は、

「敵は人数も多く、武器も整っている。とても武力では勝負にならない。ここは策をもって敵を制することにしよう」

と語り、わざと城壁の上で将士に酒宴をさせます。

飲めや歌えの大騒ぎを目にした吐蕃軍は、きっと城内に武器を構えた兵が待ち伏せているものと疑い、退却。

張守珪はこれを追撃し、敗走させるのです。

その後、城を修復し、以前と同様の状態に戻した張守珪は、朝廷に認められてさらなる出世を果たします。

不安がる部下を前に、リーダーはまず腹を据えることが大事。

その堂々たる姿が味方には頼もしく見えるし、敵には脅威に映るのです。

これが出来るためには確たる思想が必要。

『荘子』に

「天の為す所を知る者は、天にして生くるなり。人の為す所を知る者は、その知の知る所をもって、もってその知の知らざる所を養う」

(意味 … 天が営む自然の働きを知るとは、いっさいの変化に順応して生きることである。人間の営みの正しいあり方を知るとは、人知の及ぶ限界の内で、人知の及ばない自然の大きな働きを受け止めるということである)

とあります。

つまり、自分の限界を超えた、コントロールできないものについては潔くあきらめること。

心配しても仕方がないと悟った人は表情が明るくなります。

こうしてこそ、どうしようもない環境変化に対しても主導権を握ることが出来るのです。

社長の気分が社内の気分を決定します。

今は、

あなたの笑顔が必要なとき

なのです。

まず社員を落ち着かせ、そのうえで指示を出してください。

12.「用うる所の異なればなり」 価値を高めるコツ

「価値観」という言葉、よく使われますが、これは物事を評価する際の基準のことです。

終戦直後からの一時期、衣食住のすべてに事欠いていた日本人は、

「腹いっぱい食べたい」

「せめて寒くない程度に服を着たい」

「雨露をしのげる建物で暮らしたい」

など、生存欲求、安全欲求を満たそうということで必死でした。

どの日本人も価値観はほぼ同じだったのです。

ところが、豊かになって世の中にモノが行きわたるようになると、

「私は最新ファッションを購入し、身につけたい」

「俺は欧風の家に住み、ヨーロッパスタイルの生活がしたい」

といった感じで、個々の目指す姿、評価基準がバラバラとなりました。

いわゆる

「価値観の多様化」

が起こり、これにともなって市場もどんどん細分化してきているわけです。

こうなってくると、ある商品Aは、その価値を認める人たちには売れますが、それ以外の人にはさっぱり売れなくなります。

せっかく苦労して作った、あるいは仕入れた商品ですから、社長はなるべく多くの人に利用して欲しいと考えるものですが、なかなか難しいことになります。

あきらめるしかないのでしょうか。

『荘子』にこんな話があります。

荘子の友人で論敵の恵子が嘆いて言いました。

「魏の王様が私に大きなひょうたんの種をくれたので蒔いてみたら、巨大な実がなった。ところが、これに飲み物を入れてみたら重くて持ち上げることができない。そこで二つに割って柄杓(ひしゃく)にしてみたら大きすぎて水がめに入らない。大きいだけで役に立たないからぶち壊してしまったよ」。

つまり、恵子にとってその大ひょうたんは、価値を感じられないものだったのです。

これに対して荘子は

「用うる所の異なればなり」
(意味…ものは使いようである)

といってこう説明しました。

「その大ひょうたんから大きな樽を作って舟にし、ゆうゆうと川や湖に浮かべることを考えてはどうだい。それもせずに大きすぎて水がめに入らないとぼやくようでは、君も融通のきかない人間のようだね」。

一つのコトやモノは見る視点によって、価値が低くなったり高くなったりします。

それはまた、存在している時間や場所によっても価値の増減が生じるので、一概に「価値がない」「価値が高い」などと言えません。

とすれば、そのコトやモノを売ろうとする側は、

「価値が高まるような条件を作り出す」

ことがどうしても必要になります。

今まで価値の感じられにくかったものでも、周囲の条件の変化や見る視点を変えることで、一挙に価値を高めることができます。

あなたの売れない商品にもそのような面があるはず。
よく見直してみてください。

13.「悪くんぞ然る所以を識らん」 ヒット商品を生み出すコツ

何かの商品がヒットする場合、大きく2つの流れが考えられます。

1.誰かがまったく新しい商品を考え、それが多くの人に受け入れられる

2.すでに世の中にニーズがあり、それに従って受ける商品を作る

1の方はアップルのアイフォンや、ジャック・ドーシーという人物が中心となって開発したと言われるツイッターなどがあります。

2の方は数多くの事例を思い浮かべることができます。アップルのアイフォンに市場が衝撃を受け、多くの携帯電話ユーザーがアイフォンに流れたのを見て、負けじとグーグルがアンドロイド携帯を開発した事例も2の部類でしょう。

こう見ると、いかにも1の「無から有を生む」ことができるかどうかが重要のように見えますが、厳密に言えば、無から有が生まれるということはありません。

そう見えるものも、実は有から有が生まれているにすぎないのです。

例えば、アイフォンは2007年に発表されましたが、起源をたどればパソコンの機能を携帯電話に盛り込めないかという発想は1990年代半ばにはすでにされていたようで、アイフォンもアップル社のパソコン、マックのシステムを携帯電話に搭載したものです。

ツイッターはミニブログとも呼ばれるように、もとはブログです。通常のブログよりもっと簡単に書き込め、どこからでも自分の様子を知人に伝えたり、逆に知人の様子を把握できたりする仕組みができないか、という発想から考案されたもの。

これらの必要性は、アイフォンやツイッターが世に出る前から、多くの人が感じていたと思われます。

こうしてみると、1だと思っていたものも、実は2の要素がかなり濃いと分かるでしょう。

ただ、あまりに斬新なので1に見えるわけです。

『荘子』にこんな寓話が書かれています。

うす影(影の外側にできる薄い影で、影に従って動く部分)が影に向かってこう質問した。

「あなたは先ほど動いていたが、今は止まっている。さっきは座っていたが、今は立っている。主体性がないではないか」。

すると影は答えた。

「確かに私は形に従って動いているだけだ。しかし、その形も何かに従って動いているのではないだろうか。私が形に従っているのは蛇が腹の下のウロコで動き、蝉が羽で動くようなものだ」。

そして

「悪(いず)くんぞ然(しか)る所以(ゆえん)を識(し)らん、悪くんぞ然らざる所以を識らんや」

(意味:ただ変化に従っている私は、なぜそうなるのか、そうならないのか、知ろうとも思わないよ)

と、

「生きるとは従うしかないのだ」

ということを述べています。

企業は環境適応業と言われますが、荘子も、周囲の世界を無視して生きることはできない、環境の変化に順応してこそ生きることができると説いているのです。

商品をヒットさせようと思えば、環境変化に従順であること。

これが一番に求められます。

自然界でいえば、どんな障害物にも形を変え、どんなすき間にも入り込む「水」が、理想に近いと言えるでしょう。

「孫子の兵法」でも

「兵の形は水に象(かたど)る」

とあります。勝つためには水になりきらねばなりません。

14.「用う可き所無きも、安くんぞ困苦する所あらんや」 弱みを活かすコツ

「一点突破、全面展開」

中小零細企業が事業を展開する際、

「あれもこれも手を出しては大手にかなわない、むしろ自社の強みを活かした1つの商品を徹底的に伸ばす一点突破のやり方がよい」

と言われます。

これはもっともではありますが、強みを正しく認識できているかどうかが問題です。

・弱みの裏返しが強み

ということもあるのです。

例えば、世の女性には、

「自分のポッチャリした体には魅力がない。これは私の弱みである」

と思い込み、日々、ダイエットにいそしんでいる方が少なくないようですが、ポッチャリ体形が好きという男性は非常に多く存在しています。

もしも、自分が恋する男性がポッチャリ好きであれば、自ら「強み」を捨てていることになるのです。

「荘子」にこんな話があります。

荘子の友人、恵子(けいし)が荘子に向かってこう言いました。

「私の家に大木があって、人はこれを樗(ちょ)と呼んでいる。その幹は節だらけで墨縄(すみなわ)もあてられず、枝は曲がりくねって規矩(さしがね)で測ることもできない。だから、この木は道端にあるのに大工も振り向かないのだ。ところで、君の議論もこの木のようなものだ。大きいことばかり言って、誰も相手にしてくれる者はないよ」

荘子はこう答えました。

「君はせっかく大木を持ちながら、役立たずなどと嘆いているようだ。それなら、無何有(むかゆう)の郷(さと)(人も物も何も無い土地)、あの広漠として果てしない野原に植えて、その傍らで悠々とさまようなどして無為に過ごし、その木陰で安らかに昼寝でもしたらどうだね。斧や鉞(まさかり)で命を落とす心配もなく、危害を加えられることもないだろう」

そして、

「用(もち)う可(べ)き所無きも、安(いず)くんぞ困苦(こんく)する所あらんや」

(無用のものであっても気に病む必要はない)

と説きます。

役に立たないからこそ切り倒される心配がなく、そのためずっと植えたままにしてあるので、人々は大樹の陰で憩うことができるのです。

これはとても使えない、という商品や人や組織も、視点を変えたり、何かの要素を加えたりすると大変身を遂げ、自社の柱に育つことがあります。

あなたの会社の弱みは本当に弱みですか?

一度、

「もしかしたら強みでは?」

と疑ってみてください。

15.「衆に因ればはなはだ寧し」 縮小市場で生き残るコツ

少子高齢化の進展により、日本は今後、かなりの商品分野で市場規模の縮小を余儀なくされます。

改めて数字を挙げるまでもないでしょう。

国内にかつてのような高度成長が期待できない以上、海外市場を狙うしかないと考えている企業が多いですが、この考え方に私も基本的には賛成です。

しかし、実際のところ、海外進出はそう簡単なことではありません。

経営コンサルタントとして客観的に見た場合、この会社には無理、と判断せざるをえない場合もあります。

小規模な企業が何のコネもない海外へ、なけなしの金を使って進出の努力をするのは、むしろみずから倒産の時期を早める行為であるといえなくもありません。

加えてITオンチであれば、インターネットを使ったビジネスの展開も困難。

後継者などに優れた人材がいるというのでない限り、海外進出はやめておいた方がよいでしょう。

では、どうやって生き残るか?

ここで考えていただきたいのは、

・自社は何をやりたいか

ではなく、

・顧客は何を求めているか

という点です。
 
荘子はこう語っています。

「世間の人々は、皆、他人が自分と同じ意見をもつのを喜んで、他人が自分と異なる異見をもつのを嫌がるものだ。他人が自分に同調することを喜び、自分に反対することを嫌がるのは、これはもともと

自分が衆人より抜きん出ようとする心があるため

である。衆人より抜きん出ようとする心をもっている者が、果たして実際に抜きん出ることが可能だろうか。それは難しい」

そして荘子はこう言います。

「衆に因(よ)れば以(はなは)だ寧(やす)し」

(衆人から抜きん出ようとせず、衆人のままに従うことで、はじめて心安らかな境地が得られる)

続けて荘子は、

「自分の意見と衆人の意見を比べたとき、

衆人の意見ははるかに広大

であり、自分一個の意見にもとづいて世の中を治めようとするのは、万人の国を利用して自分だけに思いがけない幸運が訪れることを期待する行為である。こうした人間が国を存続させた例はひとつもなく、逆に滅ぼした例は万にもあまるほどある」

と述べています。

今、まったく何のルートもないまま、自社に力もないままに、海外市場に活路を求めるのは、万にひとつの幸運を狙うギャンブル的な行為かもしれません。

それよりも、

自分を無にして、今の顧客が望んでいるものを提供する

方が、はるかに存続できる可能性が高いでしょう。

三重県四日市市にあるスーパーサンシは、同県の北部や中部に13店舗を構える老舗スーパーです。

スーパーという業態そのものが苦戦を余儀なくされているうえに、四日市は大手流通業イオンの創業の地でもあり、同県内にはイオンの店舗が数多いという逆境下、同じように営業していれば生き残れないと考えた同社は、約30年も前から宅配事業に注力。

今では宅配事業が総売上高の1割強を占めるようになったとのこと。

宅配サービスとはいえ、商品を配送するのみではありません。

資源ゴミを回収したり、クリーニングを受け付けたり、高齢者向けには指定の日時に電話して要望を聞き、電話に出ない場合は家族などに連絡するというきめ細かさ。

宅配事業の競合が増えた今も、同社では毎月確実に新規会員獲得ができているそうです。

このような、徹底的に顧客に寄り添う姿勢が、品ぞろえや価格面などでの不利をカバーして地域住民の支持を得ているのでしょう。

スーパーサンシ

自分だけにしかできないサービスを追及するのもよいですが、自分を無にして徹底的に顧客満足度を追及した結果、誰にもできないサービスができてしまうこともあります。

そのような過程でオンリーワンになる方が、生き残れる確率ははるかに高いでしょう。

国内の縮小市場でもこのようなやり方をすれば、十分に存続は可能です。
16.「その馬を害する者を去らんのみ」 売らずに売るコツ

モノが売れない昨今。

企業のマーケティング担当者は涙ぐましい努力を重ねて、わずかでも昨年対比でプラスとなるように頑張っています。

売らなければ資金繰りが苦しくなり、ボーナスカット、給与カット、リストラといった具合に手を打っていかざるをえず、社長が頭を抱えるのはもちろん、社内に重苦しい雰囲気が垂れ込めてきます。

ついには押し売りまがいの営業まで始めることに。

兵法的には、これは「死地」に陥った状態であり、孫子は

「死地では命がけで戦うしかない」

と述べています。

わざと自軍を死地に追いやった場合を除けば、将軍が戦術的な間違いを犯した結果と考えてよいでしょう。

これに対して、兵法で最高の状態は

「戦わずして勝つ」

こと。

敵の方から頭を下げて「参りました」といってくるなら、自軍は無傷で敵をまるごと傘下に入れることができます。

企業の販売でいえば、

「買ってくれと頼んでないのに、売ってくださいと客が押し寄せる」

状態。

企業経営の醍醐味は、いかにこの状態を作り上げるか、という点にあるのではないでしょうか。
 
「荘子」にこんな話があります。

黄帝(こうてい)(伝説上の帝王)は、大隗(たいかい)(大地を擬人化したもの)と面会したいと思い、六人の聖人を連れて具茨(ぐし)の山まで出かけてきたが、道に迷ってしまった。

ちょうどそこへ馬を追っている童子がやってきたので道を尋ねた。

「君は具茨(ぐし)の山を知っているかい」

「はい、知っております」

「君は大隗(たいかい)のいるところを知っているかい」

「はい、知っております」

これを聞いて黄帝はいった。

「不思議な子どもだな。ただ具茨(ぐし)の山を知っているのみでなく、大隗(たいかい)のいるところまで知っているとは。では、恐縮だが、天下を治める方法を教えてもらえないだろうか」

童子は答えた。

「天下を治めるといっても、馬を追うのと変わらないでしょう。特別なことは必要ないと思いますが」

黄帝は重ねて尋ねた。

「お願いだから、天下を治める方法を教えてください」

そこで童子は、

「天下を治める方法は、やはり馬を飼い養うのと同じ事です」

そして、

その馬を害する者を去らんのみ」

(意味:馬を害するもの、つまり人為を取り除けばよいのです)

と答えた。

黄帝は、童子に何度も頭をさげて、これこそ天のような師だと褒め称えて立ち去った。

企業経営に応用すると、

顧客に売ろう、売ろうとする人為を取り去れば、顧客は自然と向こうから近寄ってくる

ということになります。

あいまいなものほど説明が必要になります。

売らずに売るためには、

自社が目指す世界をハッキリと示すこと

が大事。

あなたの会社や商品が目指していることを具現化し、顧客に見せてください。

次回をお楽しみに!

本気で「荘子」を活かしたいとお考えの方にお勧めの講座

 

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