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「十八史略」に学ぶ兵法経営【目次】

4.戦争と殺戮編

敵を生かした場合、      殺した場合に起きること…(2)桓公と管仲      


戦国時代、燕(えん)が斉(せい)に
亡ぼされかけたとき、斉に服属することを
条件として、斉王は燕の太子が即位する
ことを許した。

太子は昭(しょう)王となり、国力を
充実させて、約三十年後に斉を伐った。

呉越(ごえつ)戦争の例と同じように
怨みを忘れさせることができなかった
わけだが、

敵を助けたことで味方を強力にできた

例もある。

春秋時代、斉の襄(じょう)公が無道で
あったため、多くの弟たちは災難の
ふりかかることを恐れて国外へ逃げた。

小白(しょうはく)(後の桓(かん)公)は
鮑叔(ほうしゅく)が守り役となってキョに
逃れ、小白の兄は管仲(かんちゅう)が
守り役となって魯(ろ)へ逃げた。

まもなく、襄公は別の弟に殺され、
その弟も他の人間に殺された。

そこで斉の人々は、小白をキョから迎えて
君主に立てようとした。

すると、魯の国でも軍をつけて小白の兄を
斉に送り込んできた。

管仲はキョから斉に入ろうとする小白を
待ち伏せし、矢を射て殺そうとしたが、
矢は小白の帯がねに当たって失敗した。

結局、小白のほうが先に斉に入り、
君主となった。

管仲と鮑叔は昔からの友人であり、
管仲が賢人であることをよく知っていた
鮑叔は、管仲を宰相に取り立てるように
小白に進言した。

小白は殺されかけた怨みを捨てて、
管仲を罰するどころか宰相に抜擢した


のである。

桓公が諸侯をまとめ、
天下を統一して乱れを正したのは、
皆、管仲の計画によるものであった。

→続く「敵を生かした場合、殺した場合に起きること…(3)孔明と孟獲」
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