ハマモト経営の指針集 『論語』より

参考図書『論語』宇野哲人全訳注 講談社学術文庫

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「述べて作らず、信じて、古を好む。竊かに我が老彭に比す。」

読み方「のべて つくらず、しんじて、いにしえを このむ。ひそかに わが ろうほうに ひす。」

(意味)私は古人の言ったことを受けて述べるばかりで、新たに作ってはいない。古人の言ったことを信じて好んでいるからだ。昔、老彭という賢人がそうだったのだが、私もこの賢人に比してこうしているのだ。

→ 孔子がこう述べるくらいであるから、凡人はますます古典を学ぶべきだ。

全く無から有を作り出すことはありえない。過去をよく調べて、未来に生かすのである。

私たちは謙虚になって、高いレベルの思想を学ぶ必要がある。謙虚さが必要だ。






「黙して之を識し、学んで厭かず、人を誨えて倦まず、何れか我に有らんや。」

読み方「もくして これを しるし、まなんで あかず、ひとを おしえて うまず、いづれか われに あらんや。」

(意味)言わずに心に刻んで忘れないこと、学んで厭きないこと、人を教えて倦まないこと、このうちの一つも私はできていない。

→ 孔子が理想とする姿に及んでいないことを、謙虚に反省している。

ところが、低いレベルで満足し、慢心している人も少なからず存在する。

自分より優れた人と付き合えば、謙虚でい続けることができるだろう。金持ちは大金持ちと付き合えばよい。






「徳の修まらざる、学の講ぜざる、義を聞いて徙る能わざる、不善改むる能わざる、是吾が憂いなり。」

読み方「とくの おさまらざる、がくの こうぜざる、ぎを きいて うつる あたわざる、ふぜん あらたむる あたわざる、これ わが うれいなり。」

(意味)徳を完全に修めることができず、学問研究が明らかにならず、義を聞いても現状から移ることができず、言わずに心に刻んで忘れないこと、学んで厭きないこと、人を教えて倦まないこと、このうちの一つも私はできていない。

→ 日々、自ら反省して徳を新たにしなければ、聖人でもこうなるというのだ。

常にあるべき姿を口に出すことで、現在の自分の至らない部分をチェックできる。

つまりそれさえ怠らなければ、少しずつでも必ず進歩向上するのである。






「子の燕居、申申如たり。夭夭如たり。」

読み方「しのえんきょ、しんしんじょたり。ようようじょたり。」

(意味)孔子が何もせずにひまでおられるときは、身体はゆったりしてのびやかであり、顔色は平和で悦ばしそうににこにこしている。

→ 内面が外面ににじみ出てくるのである。

心が常にゆったりとしていれば、表情は自然と明るくなり、身体ものびやかになる。

トップが何ごとにも動じないだけの精神力と思考方法を身につければ、メンバー全員が明るくなる。






「甚だしいかな、吾が衰えたるや。久しいかな、吾復夢に周公を見ざるや。」

読み方「はなはだしいかな、わがおとろえたるや。ひさしいかな、われまたゆめにしゅうこうをみざるや。」

(意味)私ははなはだしく衰えてしまった。長い間、尊敬し模範としていた周公の夢を見ていない。

→ どんな徳の高い人物でも、身体は老いてゆく。

老いれば気力はなえ、もはや国家社会のために働くことも困難になる。

できなくなってから嘆いても遅い。できるときに、勇気を奮い起こしてやろうではないか。






「道に志し、徳に拠り、仁に依り、藝に遊ぶ。」

読み方「みちに こころざし、とくに より、じんに より、げいに あそぶ。」

(意味)本来あるべき道を進むことを志し、実践の中から徳を悟って得、私欲が尽き仁に依りつけば、日々の行いをしながら本心を失うことがなくなる。

→ 道を知っただけでは徳は身につかない。

実践して初めて徳が身につき、周囲に良い影響を及ぼすことができるようになる。

実践できたかどうか、毎日振り返ろう。






「束脩を行うより以上は、吾未だ嘗て誨うることなくばあらず。」

読み方「そくしゅうを おこなうより いじょうは、われ いまだ かつて おしうる こと なくば あらず。」

(意味)人が礼儀正しく教えを請うてくる以上は、私は未だかつて教えなかったことは無い。

→ 礼儀正しい人には、何でも教えてあげるということ。

つまり、人に教えを請うときには、それなりの頼み方があるということだ。

知識のレベルではなくその人の姿勢が、相手を動かすのである。






「憤せずんば啓せず。ヒせずんば発せず。一隅を挙ぐるに、三隅を以て反せずんば、則ち復びせず。」

読み方「ふんせずんば けいせず。ひせずんば はっせず。いちぐうを あぐるに、さんぐうを もって はんせずんば、すなわち ふたたびせず。」

(意味)なかなか知ることができずに苦しんでしなければ、わかるようにしてやらない。わかっても口で表現できないのを見かけなければ、言い表し方を教えてやらない。少しヒントを与えたら他に類推して道理を語ることができないようなら、再び告げることはしない。

→ 人に教えるということについては、タイミングが重要である。

相手が本気になって苦しんでいるときこそ、教えたことが生かされる。

本気でないものに教えるのは時間のムダだ。時が来るのを待とう。






「子喪ある者の側らに食すれば、未だ嘗て飽かず。子是の日に於て哭すれば則ち歌わず。」

読み方「しもあるもののかたわらにしょくすれば、いまだかつてあかず。しこのひにおいてこくすればすなわちうたわず。」

(意味)孔子が喪のある者(身近な人間を亡くした者)の側で食事をするときは、悲しみのため、いつも十分に食べたことは無かった。孔子は喪を弔って大声で泣き悲しめば、悲しみが残って歌を歌うことはなかった。

→ 悲しいときには、おのずと食事はのどを通らず、歌も口からもれることはない。

これが、人間としての自然な感情だ。

このような自然な行動が、組織内でできているか。仲間と共に喜び、共に悲しんでいるか。






「子顔淵に謂って曰く、『之を用うれば則ち行い、之を舎つれば則ち蔵る。惟我と爾と是あるか』。」

読み方「し がんえんに いって いわく、『これを もちうれば すなわち おこない、これを すつれば すなわち かくる。ただ われと なんじと これ あるか』。」

(意味)孔子が顔淵に言うには、「人君が自分を用いるならば出て道を行い、人君が自分を用いないならば退いて隠れるというふうに、こだわらずに時に従って行動できるのは、ただ私とあなただけでしょう」。

→ すべて、事を行うにはタイミングがある。

すべきときにせず、すべきでないときにすると、失敗してしまう。

タイミングは、自分の準備状態と外部環境の状況で決まる。消極的な感情に流されてはならない。




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